今回は、「境界線と建築物(壁面)の離隔」に関する法規を全てまとめます。
お隣が境界線バッチバチに建物を寄せて建築しているんだけど、日当たりも悪くなるし、何とかならないの!?
都市計画法関係のリサーチ不足で、地区計画に定められた壁面の位置の制限を越えて建築物を建ててしまったけど、どうしよう…。
こんな相談、案外多いんですよねぇ…。
境界線と建築物(壁面)の離隔に関する法令の基本的な考え方としては、(民法を除くと)全国的に一律にかかる規定は無く、「特定行政庁が指定したり都市計画で決定された街区・地区内においてのみ規制や緩和がかかることがある。」と覚えておけばOKです。
よって、物件調査では必ず敷地がその街区・地区に入っていないか確認すること。
その際、法律の中に「壁面線」「外壁後退」「壁面の位置の制限」などの用語が登場し、それらを混同すると物件調査で失敗することがあります。さらに、あえて混乱させるために書くと「道路後退:セットバック」や「建築物の位置に関する基準」も別の用語です。
それぞれ簡単に解説していきます。
壁面線(建築基準法46条・47条)
壁面線の指定は、特定行政庁が建築審査会及び利害関係者の意見聴取を経ることで、街区を対象に道路に面する建築物の壁面の位置を指定するものです。(上の画像は横浜市の元町・中華街の例)
壁面線は道路境界線からの後退位置として指定され、壁・柱及び高さ2mを越える門・塀に関しては、原則、壁面線を越えて建築を行うことはできません。後退距離については法令による規定が無いため、1m、1.8m、2m、3mなど特定行政庁が地域の状況に応じて指定しています。
壁面線の特徴は、外壁面だけでなく門や塀も規制の対象に含み、なおかつ「道路境界線」からの後退距離のみを定めている点です。つまり、外壁のラインを揃えることで統一感のある街並みを形成しつつ採光・通風・交通などの公共空間の質を向上させることを目的としています。
「壁面線」に加えて、この後登場する「外壁後退」「壁面の位置の制限」について、日本語の意味は同じように見えますが、その使い分けを意識して読んでみてください。
「壁面線」は特定行政庁が建築審査会の同意を得て指定するもので、都市計画ではありません。それに対して「外壁後退」と「壁面の位置の制限」は都市計画で定めるものであり、法の趣旨も違えば所管の行政窓口も変わってきます。
外壁後退(建築基準法54条)
外壁後退は、一種低層・二種低層・田園住居地域に限り、都市計画により定められた場合にのみ発生し、面的に規制がかかります。(都市計画法8条3項二号ロ→建築基準法54条の流れ)
上の表は横浜市の場合。一種低層・二種低層地域について容積率・建ぺい率に応じて外壁の後退距離を定めています。敷地境界線全てから発生します。(が、横浜市では容積率等が比較的高い地域に限っては道路境界線からのみ外壁後退を定めているようです。)
なお、建築基準法54条2項の定めにより、後退距離の限度は1m又は1.5mのどちらかに限られ、政令には外壁の長さ等により緩和規定があります。(施行令135条の21)難しくないので、詳しくは条文をご確認ください。
外壁後退の特徴は、後退するのは建物の外壁面に限られ(門扉や塀は建ててもOK)、敷地境界線全てから後退距離が発生することです。つまり、建物の密集を防ぐことで採光や通風を確保し、良好な住環境を確保することを目的としています。
壁面の位置の制限
壁面の位置の制限は、都市計画法に登場する用語です。一般的な地方都市でよく登場するのが、地区計画と形態制限の2つ。その他は大都市や歴史的な街区に適用される地域地区です。
条例化された地区計画(建築基準法68条の2)
地区計画が都市計画決定された際に、「壁面の位置の制限」が課されることがあります。商業エリア等で街並みを整えることが目的なら壁面線型の規制なるでしょうし、低層住居エリアで住環境の向上が目的なら外壁後退型の規制になるでしょう。
ただし、地区計画等の内容を建築基準法による制限として市町村が条例化しない限り、地区計画に定められた建築制限は建築確認の審査対象にはなりません。なりませんので、仮に制限の内容をクリアしていないくても確認申請はパスできますが、都計法違反として勧告や罰金の対象になるかもしれませんので、しっかりと調査して法令順守しましょう。
なお、条例化の有無に関わらず都計法の地区計画届出は必要です。
開発区域内の形態制限(都市計画法41条)
いわゆる都計法の「形態制限」です。
用途地域が定められていない土地の区域における開発行為(郊外の開発団地などをイメージすると分かりやすい。)について、開発許可をする場合に「壁面の位置の制限」が課される場合があります。
土地利用計画図に「一種低層に準ずる」など記載され、形態制限の内容を定めている場合が多いため、市街化調整区域の開発団地内で住宅を計画する場合、開発登録簿などで形態制限の内容を確認しておく必要があります。
その他 都市計画法による地域地区
都市計画法第8条第3項では、数ある地域地区の中で「壁面の位置の制限を定めるよう努めるもの」を定めています。これらの地域地区で定められた制限は建築基準法で条文に明記されていますので、地区計画のように条例化の有無など関係なしに、普通に建築確認の審査対象になります。
・建基法59条(高度利用地区)
・建基法60条(特定街区)
・建基法60条の2(都市再生特別地区)
・建基法67条(特定防災街区整備地区)
・建基法68条(景観地区)
その他 境界線と建築物の離隔に関係する規定
建築協定(建築基準法69条)
建築協定には、その目的によって「建築物の位置に関する基準」についての協定が締結されていることがあります。
※条文で「建築物の位置に関する基準」と書いてあるので「壁面線」「外壁後退」「壁面の位置の制限」とは違うものと理解します。
建築物の位置に関する基準については、法令で数値等は定められていませんので、基準の内容については所管の行政窓口に問い合わせるしかありません。
風致地区条例(都市計画法58条)
都市計画法第58条では、風致地区内の建築等の規制内容として地方公共団体が条例で定めることができるとしており、風致地区内においては「壁面の位置の制限」が課されることが多いです。これも自治体が条例にすることで実行力を持ちます。
2項道路のセットバック(建築基準法42条2項)
敷地が接道する道路が2項道路だった場合、道路中心線から2mの範囲については建築基準法上の道路と見なされることで、法44条により道路内の建築が規制されます。
詳しくは↓の記事をご覧ください。
都市計画施設内の建築許可(都市計画法53条)
都市計画施設(都市計画道路など)が敷地内に食い込んでいる場合、その範囲内に建築をする場合には原則、都市計画法53条による許可が必要になります。
防火地域の耐火構造の壁(建築基準法63条)
建築基準法63条は壁面線や外壁後退とは毛色が違い、~しても良い規定です。これについては、法文を引用したら一発で理解できる内容になっています。
建築基準法 第63条
防火地域又は準防火地域内にある建築物で、外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる。
以上ですが、一つ注意しなければいけないのが、民法234条との関係です。
民法 第234条
建物を築造するには、境界線から50cm以上の距離を保たなければならない。
前項の規定に違反して建築をしようとする者があるときは、隣地の所有者は、その建築を中止させ、又は変更させることができる。ただし、建築に着手した時から一年を経過し、又はその建物が完成した後は、損害賠償の請求のみをすることができる。
建築基準法にも民法にも、両条文がどのような関係にあるのかを示す規定は存在しないため、建基法65条が民法234条1項の特則にあたるのか否かについての争いが勃発します。民事上は、防火・準防火地域内で外壁が耐火構造である建物が境界線に接して建築される(された)場合に隣地所有者は、建築の中止か、変更か、あるいは損害賠償の請求ができるかどうかの争いとなります。
過去の最高裁の判例を見ると、建基法65条が民法234条の特則であるとの判決があるようですが…。当然、誰も無駄な争いはしたくないので、隣地との協議は済ませることが基本ですね。(民法は建築基準法関係規定ではないので、確認済証は下りるでしょうが。)
そもそも、建築基準法上の「敷地境界線」と民法の「境界線(=所有権界?筆界?」は一致しないことも多いですよね。詳しくは下の記事をご覧ください。
さて、若干古めの書籍にはなりますが、「この条文は何のためにあるの?」が解決できる良書をご紹介します。規制が必要な理由や、制定までの試行錯誤が見えると法文の理解に繋がるためオススメです。
まとめ
さて、ざっと敷地境界線と壁面の離隔に関する法律について眺めてきましたが、最後に規制関係については表にしてまとめておきます。
規制 名称 | 根拠法令 | 指定地域 | 規制内容 | 目的 | |
壁面線 | 建基法46条 建基法47条 | 特庁が指定した街区 (建築審査会の同意を得る必要あり) | 道路境界線から指定された範囲において外壁・柱及び高さ2mを越える門・塀を建築できない | 良好な街区(道路,公共空間)を作る | |
外壁後退 | 建基法54条 | ・第一種低層住居専用地域 ・第二種低層住居専用地域 ・田園住居地域 において都市計画で制限が定められた場合 | 敷地境界線から1m又は1.5mの範囲に建物の外壁・柱を配置することができない ※長さ3m以下の外壁、軒高さ2.3m以下かつ5㎡以下の物置等は除く | 低層住居地域内の採光・通風を確保 建物の密集を防ぐためなので、門や塀は建築してもOK | |
壁面の 位置の 制限 | 建基法68条の2 都計法41条 建基法59条 建基法60条 建基法60条の2 建基法67条 建基法68条 | ・地区計画区域 ・用途地域無指定の開発区域 ・高度利用地区など、その他の地域地区 において都市計画で制限が定められた場合 | 都市計画の内容による ※壁面線タイプと外壁後退タイプのどちらもある | 市街地再開発事業などでは良好な歩行者空間の創出 住宅系エリアでは、壁面線や外壁後退的と同様の制限を定めることでそれぞれの目的を図る | |
その他 | 建築協定 | 建基法69条 | 建築基準法に基づき 建築協定が締結された地域 | 協定の内容による | 協定の内容による |
風致地区 | 都計法58条 | 風致地区内で条例で制限が定められた場合 | 条例の内容による | 良好な自然的景観を確保するため。 | |
2項道路 | 建基法42条 2項 建基法44条 | 2項道路に接道する場合 | 道路中心線より2mの範囲には建築できない | 建築基準法上の道路としての機能を将来的に確保するため | |
都市計画施設 | 都計法53条 | 敷地内に都市計画施設がある場合 (主に都市計画道路) | 都市計画施設内に建築する場合は許可が必要 | 将来における都市計画事業の円滑な執行を確保するため。 |
何度も書きますが、役所で物件調査を行う際には「壁面線」「外壁後退」、都市計画による「壁面の位置の制限」の3つの言葉を使い分けないと痛い目にあうことがあります。
壁面線の指定の有無について聞きたいのに「外壁後退は定められていますか?」と聞いていたのでは、よほど窓口の担当者が親切でない限り求めている回答は返ってきません。ひどい調査者になると”セットバック”や”壁面後退”など言いだして、回答側も困ってしまいます。
法律や不動産売買の世界では、正しい根拠とその内容を正確に伝えることが重要ですので、文脈から”察する”というのは非常に危険です。注意していきましょう。