一級建築士のくるみです。(twitterはこちら)
この記事を読めば、建築基準法12条1項の特定建築物の定期報告制度の全貌が理解できるようまとめます。
建築基準法第12条第1項~第4項は定期報告制度に関する規定であり、一定規模・用途の建築物の所有者(管理者)は建築物や建築設備について、資格者に調査・検査させ、その結果を特定行政庁に報告することが定められています。
法8条「所有者は建築物を適法な状態に維持保全しなければならない」の実行性を担保する制度です。
定期報告制度の歴史は古く、昭和34年に元となる制度が誕生してから怒涛の法改正を重ね、現在の法12条1項~4項の姿となっています。まずは、1項~4項の中身をざっくり俯瞰しましょう。
建築基準法第12条
第1項 民間特定建築物の定期調査報告
第2項 公共の特定建築物の定期点検
第3項 民間特定建築設備の定期検査報告
第4項 公共の特定建築設備の定期点検
民間建築は1項と3項、公共建築は2項と4項にそれぞれ「特定建築物」と「特定建築設備等」に分けて定められています。
報告名称の違いに注意してください。
民間の建築物は、定期調査報告(1項)
民間の建築設備は、定期検査報告(3項)
公共建築は自治体が自ら行うので、定期点検(2項、4項)
その中でも法12条1項の 特定建築物の定期調査報告 について解説をします。
報告対象となる用途・規模
定期調査報告の対象となる建築物は、大きく2つに分けられます。
- 国が政令により一律に指定する建築物
- それ以外で特定行政庁が指定する建築物
政令指定された建築物については全国一律で報告対象ですが、それに加えて特定行政庁が対象を指定している場合、地域ごとに特庁のホームページを閲覧するか問い合わせないと報告対象の建築物か分かりません。
ただし、何でもかんでも特定行政庁が指定できるわけではなく、一定の規模・用途に該当する建築物の中から指定することとなります。その一定の規模・用途に該当する建築物のことを「特定建築物」と呼びます。(下図参照)
図を見ると分かりますが「特定建築物」だからと言って必ず報告対象となる訳ではありません。特定建築物の中でも、政令指定された規模・用途が全国一律で報告対象となり、それ以外の規模・用途については所管の特定行政庁ごとに異なります。
ちなみに、政令指定された建築物は、平成28年6月の法改正で誕生したばかり。つまり、それまでは特定行政庁が指定した建築物のみが定期報告の対象だったため、この制度運用自体がまだ慣れてない特定行政庁も実は少なくありません。
さて、本記事では全国一律で適用される政令指定された建築物について解説を進めます。
この政令の原文、めちゃくちゃ読みにくいので各特庁がまとめている表などで確認することをオススメします。
具体的には、施行令16条1項、2項(令14条の2)⇒平成28年1月21日 国交省告示第240号です。どうしても法文で読み解きたい方は、「政令で対象の大枠を設定し、告示で範囲を限定している」イメージで読むと飲み込みやすいです。
政令指定されている建築物の考え方としては、避難上の安全を確保する観点から、以下の方針で定められています。
【政令指定のざっくりとした考え方】
・不特定多数の者が利用する建築物(法6条1項1号の特殊建築物)
・高齢者等の自力避難困難者が就寝用途で利用する建築物(就寝用途の児童福祉施設等)
※ただし該当の用途が避難階のみにある場合は容易に避難できるので対象外!
「法6条1項一号に掲げる特殊建築物」や「児童福祉施設等」の用語の解説は↓の記事をご覧ください。
次の表は政令により定期調査報告の対象となる建築物をまとめたものです。
法別表第1 の番号 | 用途 | 規模等 ※次のいずれかに該当するもの |
(1)-1 |
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(1)-2 |
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(2) |
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(3) |
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(4) |
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「避難階以外を対象の用途に使用するものに限る」の枕詞は全てにかかりますので、基本的に平屋の建築物は定期報告の対象ではありません。
誰が報告するの?
法12条1項より、報告する義務があるのは特定建築物の所有者(所有者と管理者が異なる場合は管理者)で、報告先は特定建築物の所在地を所管する特定行政庁です。
例えばホテルの場合、報告者はホテルを所有する株式会社□□代表取締役A氏ではなく、日常的に施設を管理している支配人B氏となります。
ただし、調査については一級建築士、二級建築士、または建築物調査員(※)による必要がありますから、実際に特庁の窓口に報告書を持っていくのは調査者であることが多いでしょう。
※建築物調査員とは、登録特定建築物調査員講習を受講・修了した後、特定建築物調査員資格者証の交付をうけた者を指します。平成28年6月1日施行の建築基準法改正により、従前の「特殊建築物等調査資格者」に変わり創設されました。
いつ報告するの?
省令5条1項により、報告時期は6ヵ月から3年までの間隔をおいて特定行政庁が定めます。多くの特定行政庁では、特定建築物の用途別に報告年を分けています。
報告年月は特庁のホームページを閲覧するか、問い合わせましょう。
以下に例を示します。
<ホテルは毎年、共同住宅は3年毎としている特庁の例>
年度 | R1年度 | R2年度 | R3年度 | R4年度 | R5年度 | R6年度 | R7年度 | R8年度 | … |
報告対象 | ホテル | 共同住宅 ホテル | ホテル | ホテル | 共同住宅 ホテル | ホテル | ホテル | 共同住宅 ホテル | … |
なお、省令5条1項各号により「初回免除」の制度があり、完了検査直後の報告については免除されます。上記の例で説明すると、令和3年に検査済証の交付を受けた共同住宅の場合、令和5年の定期報告については免除されます。
何を報告するの?
報告する書類及び内容については、省令5条2項及び3項に定められています。まずは成果物をイメージしましょう。
【報告書】
・定期調査報告書(別記第36号の2様式)
・定期調査報告概要書(別記36号の3様式)
・調査結果表(H20年 国交省告示282号 別記)
・配置図及び平面図(告示別添1様式)
・関係写真(告示別添2様式)
・その他、特定行政庁が規則で定める書類
それぞれ作成時の注意点をおさらいします。
定期調査報告書・概要書
基本的には確認申請書などと同様、記入欄を埋めていくだけでOKですが、以下の情報や書類を揃えないと埋められませんので、事前調査はやはり必須です。
【建築物の所有者(管理者)から借りる・聞くこと】
・新築時、増築時の設計図書
・前回の定期調査報告書
・建築設備等の定期報告書
・確認申請が不要な増改築の情報
・維持保全に関する計画等※
・アスベスト調査の履歴(報告書)
・耐震診断の履歴(報告書)
設計図書が無い場合は、少なくとも特定行政庁から建築計画概要書の写しを入手しましょう。
※維持保全に関する計画等とは、法8条2項に基づき、”必要に応じて”建築物の所有者又は管理者が常時適法な状態に維持するように作成する計画のこと。無ければ無いでOKです。
「前回の報告日」と「調査結果表との不整合」が不備として多く見受けられますので、注意してください。
調査結果表
H20年 国交省告示282号の別表の項目一つ一つに対して調査し、「該当なし」「指摘なし」「要是正」「要是正(既存不適格)」の判定をします。調査方法と判定基準も同表にまとめられています。
調査項目は130以上あり、屋根・外壁・基礎・躯体から区画を形成する床・壁・天井の劣化損傷の状況等を調査していくイメージです。といっても、規模や用途から判断して、事前に「該当なし」と判断できる項目は調査する必要はありません。
別表に示される「調査方法」を眺めると分かりますが、多くの項目が「設計図書等により確認する」とあります。つまり、事前調査がめちゃくちゃ大変であると同時に、設計図書等の情報収集の大事さが分かりますね。
実務的には「特定建築物定期調査業務基準 2021年改訂版」がバイブルです。報告書作成の要点から、調査項目一つ一つに対するポイントが網羅されていますので、参照されることを強くオススメします。(既存不適格の判断にも使えます。)
それにしても、告示に定められた「判定基準」を見ていない方が多すぎます。ひどい方だと、巾木の剥がれや塗膜防水の軽い劣化まで「要是正」で上げている例をよく見ます。また、昇降機の遮煙性能や階段手摺の既存不適格の見落としもよく見ます。注意です。
また、令和4年1月より新たな調査項目として「警報設備」が追加されます。防火避難規定の緩和に伴い、設置される建築物の増加が予想されますので、要チェックですね。上記の業務基準(2021年版)にも解説されています。
タイル(湿式)、石貼り(湿式)、モルタル仕上げの外壁については、「落下により歩行者に危害を加えるおそれのある部分」について10年毎に全面打診調査が義務化されています。
が、足場を組んだりと、費用的に厳しいですよね。そんなときは、報告対象建築物が近々外壁改修をする予定などして、報告を先延ばしにしてもらうよう特庁に相談されるケースもあります。また、赤外線調査による方法は全面打診より安価で済むので、よく用いられます。
配置図・平面図・関係写真
要是正のあった項目について、図面に場所等を記入し、該当箇所の写真も整理しておきましょう。同じ是正項目が複数個所にまたがる場合は代表箇所の写真1枚でもかまいません。
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定期報告の調査を行うと、施設の管理者から漏水やクラック補修などの相談を受けることが多いです。改修工事の設計監理に慣れている方であればある程度原因と補修方法を想像・提案できますが、不安な方は↓の書籍などがオススメです。
まとめ
今でこそ全国で行われている定期報告ですが、平成28年の法改正で調査対象が政令指定されるまでは、特庁が任意で指定した用途規模の建築物のみが報告対象でした。つまり、多くの特庁ではまだまだ運用が始まったばかりなのです。
近年は、コンプラ意識の向上と制度運用の厳格化により報告率は年々向上しています。また、不動産売買に係る重要事項説明でも定期調査報告書の保存状況を示すことが義務化されたことにより建築物の所有者の意識も変わってきているように思います。
建築士としては、設計監理の経験だけでなく維持保全の知識も求められるため簡単な業務ではありませんが、(ほぼ)建築士の独占業務として設計事務所を運営するにあたり無視できません。
最後に復習用で関連条文をまとめておきます。
・法12条 ⇒定期報告制度とは
・令16条1項・2項 (平28国交告240) ⇒報告対象(特定建築物)
・省令5条1項 ⇒報告の時期
・省令5条2項(平20国交告282)⇒調査方法と判定基準
・省令5条3項(平20国交告282)⇒報告書の様式
制度の概要を理解して、実務に臨みましょう。