お疲れ様です、一級建築士のくるみです。(twitterはこちら)
今回は、違反建築物や危険な建築物に対する行政の対応について紹介します。
実際、行政窓口では「違反したらどうなるの?」といった不躾な相談が飛び交いますが、実際のところ違反建築物が発覚した場合にどんなペナルティがあるのか気になる方は多いのではないでしょうか。
また、あなたの身の周りには地震により看板が落下したり倒壊しそうな建物はないでしょうか。誰もメンテナンスしていない空き家はないでしょうか。
建築基準法第9条~法12条には、違反建築物や危険建築物に対する措置が規定されており、実務者としては、行政と上手いこと付き合うための必要知識となります。
今回は「建築物」に対する措置に関する記事です。やらかした「人」を裁く法令は他に色々とありますので別の記事にしたいと思います。
建築物の所有者には法的(社会的)責任が常にのしかかる
建築基準法は建築物の構造等に関する最低限の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的としています。(法1条)
また、建築を行う場合には確認申請と完了検査により建築物の(建築時の)適法性を担保できる仕組みを定めています。(法6条ほか)
そして建築したあと。
「建築物の所有者は自分の建築物とその敷地を常時適法な状態に維持するよう努めなければならない」とし、オーナーに対して建築物の安全性を維持する責任を課しています。(法第8条)
同時に、建築物の所有者(又は管理者)において、建築士等により建築物の維持保全状況の調査・検査を定期的に受け、その結果を特定行政庁に報告するよう義務付けています。(法12条)
建築基準法により、建築物の所有者には建築から解体までの間、最低でも適法に保つためにメンテナンスを続ける義務が課されています。建築基準法第1章(総則)の規定の多くは、建築物の所有者が主語なのです。
完了検査さえ受けてしまえば、後は自由でしょ。個人の財産なんだし。
どう頑張っても他人に危害が及ぶ可能性を払拭できないのが建築物です。たとえ個人の住宅でも、適法を維持しないと万が一の際に所有者は法的(社会的)責任を問われます。
たとえば、法12条による定期報告や定期検査で、多く見かける是正事項は以下のとおり。建築の素人である建築物の所有者には、防火区画や避難規定は特に理解し難く、運用の都合上意図せず違法状態になっていることがしばしば見受けられます。
- 外装タイルの全面打診検査等を行っていない
- 常閉の防火扉を開きっぱなしで固定している
- 避難階段に物品を放置している
- 漏水による内装材(壁・天井のボード類)の汚損・損傷
- 排煙窓が開かない(パッキンの固着、オペレーターの故障)
- 非常用照明の電池切れ
- 防火シャッターの危害防止装置未設置
これらの要是正事項があるまま特定行政庁へ報告を行うと、改善報告書等を求められます。最低限の適法状態を保つだけでもメンテナンスコストがかかります。
また、定期報告義務の無い一戸建ての住宅であっても、例えば屋根瓦の固定方法まで告示で定められているわけで、、コストを投じて建築物の適法性を維持するのは、建築士ではなく建築物の所有者自身なのです。
違反建築物に対する行政の対応(建築基準法第9条)
特定行政庁は、違反建築物の建築主や施工者に対して除却や修繕、使用制限など違反を是正するために必要な措置を命じることができるよう規定されています。(法9条)
ただし、この建築基準法第9条に基づく命令(行政処分)は、ホイホイと適用されるような軽いものではなく、重大な事案に適用されるものです。違反と一言にいっても、社会への影響や悪質性などピンキリですから、全ての事案に対して命令を行っていては行政がパンクしていしまいます。
実務的には、軽微な違反(2項道路への越境や無確認カーポートの発覚など)へ対しては、まずは法12条5項による報告で違反内容を明らかにしたうえで、「違反を確認しましたから改善してください」という主旨の行政指導が行われることが多いです。
それでも、行政指導を無視し続けたり、社会への影響が大きいと判断された場合に建築基準法に基づく勧告や命令(行政処分)が行われる可能性はあります。
法9条12項には「行政代執行」に関する規定もあり、特定行政庁には強めの権力が与えられています。
「行政指導」とは、一定の行政目的を達成するために、助言、指導等の非権力的な手段を行使することにより、国民を行政庁の意図する方向へ誘導する事実的行為のことをいいます。行政指導には、法的拘束力はありません。
行政手続法には、行政指導は「その行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと」「行政指導の内容が相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであること」に留意しなければならないことが規定されています。
一方で「行政処分」とは、法律の定めに従い一方的な判断に基づいて国民の権利や義務に直接影響を及ぼす行為のことをいいます。
行政指導は、非権力的で「こうしてくれませんか?」というお願いスタンスであるのに対し、行政処分は、より強制的・権力的で「こうしなさい!」という命令スタンスのものです。
違反建築物の処理方法に関する記事は下記のリンク先をご参照ください。
危険な建築物に対する行政の対応(建築基準法第9条の4・第10条)
特定行政庁は、(著しく)保安上危険であるか、衛生上有害であると認められた建築物について、建築主や管理者に対して建築物の除却、修繕、使用禁止等の措置をとることを「指導・助言」または「勧告・命令」することができるよう規定されています。(法9条の4・法10条)
法9条の4は「指導・助言」、法10条は「勧告・命令」に関する規定です。
これまで「著しく保安上危険」であることの基準が曖昧であったことに加え、やはり個人の資産に踏み込むわけですから、法10条の実績は少なく行政としても適用するにはハードルの高い規定であったと思われます。
そんな中、「建築基準法の一部を改正する法律」(令和元年6月 25 日施行)により法9条の4が創設され、技術的助言の中に「既存不適格建築物に係る指導・助言 ・ 勧告・ 是正命令制度に関するガイドライン」も更新されました。法10条の適用事例も掲載されています。
※下記国交省HP内のリンクです。
法10条が「命令&代執行」というキツめの規定を定めるものであったことに対して、法9条の4は「助言&指導」というもう少し緩めの行政介入ができるようになったことで、活用事例が増えるのではないでしょうか。(ガイドライン内の法10条活用事例を見れば分かりますが、今までは本当にヤバイ建築物にしか活用できていないので…)
もし、あなたやあなたの大切な人やその資産が脅かされるような建築物が身の周りにあるとしたら、所管の特定行政庁へ相談するのも解決方法の一つかもしれません。道路や公園などの公共空間への被害が出そうな状況であれば、行政としては動きやすいはずです。
空き家なら「空き家法」による行政処分もある
建築基準法以外にも、危険な建築物に対する法的処置として「空き家法」があります。
今回の記事では、空き家法の制度としての概要を眺めてみます。
相続した実家が遠くて管理が出来ない。お金をかけるのももったいない。家さえ建っていれば固定資産税が安いままだし、とりあえず放置しておこう…。
そんなこんなで、地域で問題となる空き家が爆誕します。ひどい場合には管理者が不明になるといった場合も。当然、空き家といえども個人の所有物なので、勝手に入ったり、解体できません。
景観・衛生・防災・防犯の面で問題を起こす空き家が社会問題になりかけていた頃は、自治体が独自に空き家条例などにより対処していましたが、法的拘束力がないために対処方法に限界がありました。
そこで、平成27年5月26日に「空き家等対策の推進に関する特別措置法」が施行されました。
この法律により「空き家」が法的に定義され、自治体が空き家に立入り調査を行い、所有者に適切な管理をするよう指導したり、活用を促進できるようになりました。また、地域で問題となる空き家を「特定空き家」に指定して、立木伐採や住宅の除却などの助言・指導・勧告・命令をしたり、行政代執行もできるようになりました。
自治体によっては特定空き家の解体に係る補助金もあるため、固定資産税等の住宅用地特例の対象から除外などのペナルティと合わせて、アメとムチによる強めのインセンティブが働いています。
特定空き家の定義と、指定されることによる固定資産税等の税制の話は、行政のホームーページやその他サイトの方が詳しいので、本記事では割愛します。
なお、空き家法を法的根拠として活用するには、建築物の位置する自治体が「空家等対策計画」を策定している必要があります。国交省によると、2019年10月1日時点で全市区町村の63%となる1,091市区町村において空家等対策計画が策定されているとのこと。
また、2019年10月1日時点で特定空家等の除却等に至った件数は7,552物件に及んでいて、指導中という空き家も多いだろうから、地域で問題となる空き家対策が進展していることがうかがえます。
まとめ
違反建築物や保安上危険な建築物に対する法的措置(行政処分)と、お願いベースの行政指導について解説しました。身の周りに危険な建築物がある場合には、これらを根拠に特定行政庁へ対応を相談するのもありかもしれません。
- 建築物は所有者により適法に保つ義務がある
- 違反建築物への措置は法9条に根拠があり、行政代執行の規定もある
- 保安上危険な建築物は法9条の4と法10条に基づき行政処分される可能性がある
- とはいえ、重大事案ではない限り、お願いベースの行政指導から段階的な対応となるケースが多い
- 空き家なら「空き家法」により行政処分される可能性もある
建築物は建ってしまえば、その所有者に大きな責任がのしかかります。そして、建築士はその責任を果たすためにサポートする立場にあるため、関係法令を理解したうえで職務を全うしましょう。